インド編 ブッダガヤからの手紙②

麻薬を運んでくれと言われる

さて我々三人が一刻も早くビルマ寺を出ようと荷物をまとめていると、それをいち早く察したように亀さんが部屋に入ってきました。逃げようとしていることを悟られてはいけないと感じた我々は慌てて平静を装いました。「実はスリランカの知り合いから手に入れたルビーを持ってきたんですが買いませんか?とってもお買い得です。」と亀さんは私に言ってきました。見ると小豆よりも一回り大きなものでしたが素人目にはそれが価値あるものかどうかわかりません。

値段は日本円にしたらそんなに高いものではありませんでしたが、インドではかなり高額になるでしょう。なにしろ日本円で40万円もあればここで2年暮らしていけるというのですから。しかし、殆ど興味を示さない私に亀さんは「それを太陽にかざしてください。とても綺麗ですよ」と食い下がります。そりゃビー玉でも太陽にかざせば綺麗だろうと白けましたが、亀さんの迫力に押されて仕方なく太陽にかざしてみました。太陽にかざしたそれは確かに綺麗でしたが気泡のようなものがあってガラス玉のようにも思えます。これならガラス玉のほうが安上がりだと思いましたが口にはしませんでした。

「やっぱり興味がないから要りません」と断っているとスレンダーさんがいつの間にか部屋の前にいます。どうしてここが分かったのだろう。ひょっとしてあなたたちはグルですか?と言いたいのをこらえて「あなたたちは知り合いですか?」と聞くと「そうです」と言ってスレンダーさんはズカズカと部屋の中に入ってきました。そして我々の持ち物を目ざとく見つけ「このベルト貰えませんか?」とか色んなものを物色し始めました。そしておねだりが断られると「じゃあ、これはどうですか?」と次々とおねだりするのでした。

そしてそれらの無謀なおねだりが全て断られると次の作戦に移りました。K君がこれからカルカッタを経由して日本に帰ると知ると「日本の知り合いに紅茶を500g持っていってくれませんか」と言ってきました。しかし、すっかり彼らを胡散臭く思ったK君が断ると「じゃあ、マリファナを10g持って行ってくれませんか」と、とんでもないことを言ってきたのです「税関で見つかると大変なことになるから駄目ですよ」と私が慌てて言うと「たかが10g位大丈夫ですよ」としゃあしゃあと居直っています。

待って下さい麻薬なんて持っていったら犯罪ですよ!
ヘロイン10g位大丈夫ですよ。捕まるのは私でないし、問題ないです。

一時はどうなるかと思いましたが、我々が頑として断っていると二人はやっと諦めて出ていきました。帰ったところを見計らって急いで荷物をまとめ出ていこうとしました。しかし、玄関にはスレンダーさんがデンと座ってました。また何か引き止められるかもしれないと思いましたが貧乏旅行の我々には何を要求しても無駄だと諦めたのか「どこへ行くんですか?」と聞いただけで通してくれました。

インドではそれまでも度々騙されてきましたがこの時はある程度こちら側も経験があったので辛うじて切り抜けられました。阿漕な商売をしているインド人の間では騙される奴が悪いんだという考えがあるようで観光客を騙している所を見ても、それを諭したりするとインド人同士で争いが起こるので何も言わないという不文律のようなものがあるとガイドブックに書いてあったのを思い出しました。

ブッダガヤの大塔で瞑想する

さてこのインド人たちから解放された我々はブッダガヤの中心地へ向かいました。ブッダガヤは、ニューデリーなどの都会と違ってのほほんとした田舎町でこの時は乾季で砂埃が舞っていました。ネーランジャーという川には一滴の水もなく歩いて渡れた位です。湿度が多い日本と比べて、砂漠のように乾燥していてどんなものでも早く風化してしまいそうな気に囚われます。しばらく散策するとブッダが悟りを開いた聖地というだけあって人々には気高さのようなものが感じられました。色んな嫌なこともあったがここはなかなか雰囲気がいいぞと感じました。

ブッダが悟りを開いたと言われるブッダガヤの塔です。多くに仏教徒がここに来るのを夢見ていると聞きました。

次の日の早朝にブッダが悟りを開いたという菩提樹の木がある大塔寺に行ってみました。そこは高さ52メートルもある大塔を中心にして寺院と公園が一体化したような場所で朝霧と香煙が漂う寺院を歩いていると夢心地になり、ひょっとしてあの世にいるのではないかと錯覚してしまう程でした。有名な菩提樹は、思ったほど大きくなく柵があって入れないようにしてありました。

スレンダーさんに聞いた話によると日本の新興宗教の一団が来てどうしてもその木の下で瞑想しているところをビデオに撮らせろと責任者のお坊さんに掛け合ったというのです。そのお坊さんは、最初不届き千万と怒っていたらしいですが、なかりのお金を積まれてそこで撮影を許可したということでした。そしてそのお坊さんはそのお金を持ってアメリカに亡命したということでした。そのお坊さんは住民からかなり尊敬されていただけに残念だと話してくれました。

いつの間にか私は大塔の中に小部屋の前に来ていました。入ってみると祭壇があり老婆が座って何か唄を歌ってました。悲しい唄らしく泣いているようでした。よく分かりませんがその老婆は盲目のようでした。私は殊勝な気持ちになって隅の方で瞑想しました。それまでも何度か瞑想したことがありますが、こんな暖かい気分になったのは初めてでした。優しい霊気のようなものが周りを取り囲んでくれて気がつくとかなり時間が経ってました。目を開けると蚊がブンブン飛んでましたが不思議なことに刺されていませんでした。大塔を後にして振り返るとに二人の少女が一生懸命塔の周りの落ち葉をかき集めて掃除していました。見るからに最下層のカーストのようでしたが、ブッダがその昔カーストを無視して平等に教えを施していたということを思い出しました。

仏教徒にとっての聖地のブッダガヤの大塔の前で記念写真

その日宿をとったチベット村は何と25ルビーという安さでした。それは日本円で100円にもなりません。電灯が壊れていたのでその夜は蠟燭で過ごしましたが満ち足りた気分でした。そして翌朝私は旅の方向性を決める不思議ともいえる出会いをしたのでした。