インド編 カルカッタから

不思議とも言える再会

翌朝大塔の周辺を散策した後にS君らと食堂で食事していると見覚えのある30代の女性KMさんが入ってきてお互いにアッと顔を見合わせた。こんなところで出会うとは。それは1か月ほどまえのことだ。

この旅に出る前に私は広島の篠笛の同好会に所属していたが今度インドヘ一人旅に行くんだよと話していると同好会の中の女性が私もインドヘ行くのよと言っていた人がいた。まさか広大なインドで逢うことはないだろうけどお互い逢えたらいいねえと話していたのだった。

不思議とも言える再会をしました。広島の篠笛同好会の知人とブッダガヤで偶然出会う

まさかそれが現実になるとは。彼女はインドへは数回行ったことがあるみたいでインドに行くと元気になるとか話していたことを覚えている。特に田舎が好きでそこに住むインド人が好きだという。私がニューデリーなどの都会で色々大変な思いをしてきたと話すと田舎の人はとても親切で優しいという。今は先日まで我々が泊っていたビルマ寺に泊っているが例のインド人(カメさん、スレンダーさんと思われる)らが付きまとってうるさいという。さっそく我々が経験したことを話してやると納得してネパール村に移るとのことだった。

私は次にどこを回ろうか迷っていてガンジスで知り合ったTさんお勧めのプーリーにでも行こうかなと思っていると話すとプーリーも他のインドの観光地と似たり寄ったりで多分つまらないだろうと言う。それよりもネパールのほうが断然良いということだった。そこは雄大なチョモランマをはじめとする山々のまわりのトレッキングやインドと異なる文化など得るものが多いという。

インドを何度も旅している彼女の指摘にピンとくるものがあり次はネパールを目指すことにする。その為にはここからカルカッタに行ってそこから飛行機でネパールに向かうというコースが便利とのことで今同行しているS君やk君と再び一緒の汽車ということになった。

さてバスでガヤまで行きカルカッタまで汽車を乗り継いで行くことになったが、汽車はかなり満員状態になりそうだった。指定席を取ったのでS君らとは別の号車になって少し心細い。夜9時出発の夜汽車は、やはり超満員で指定席にも関わらず自由席のように人が押し寄せていた。私の指定の席にもインド人の若者が寝ていたがどいてもらう。そして、なんとか席に横になれたが扇風機が激しく回っていて寒い。他の乗客のインド人は平気そうな顔をしている。このままでは風を引いてしまう。私が寒いというと止めてくれたので有難かった。さてカルカッタ、聞いたことはあるがどんな町だろう。きっとニューデリーとよく似た都会かな、そんなことを考えながらうつらうつら寝て過ごした。

翌朝、汽車が止まって乗客が降り始めた。どうやらここが終点らしい。外に出ると別の号車から降りたS君らと合流。出口まで歩いていると二人の大学生のバックパッカーらと知り合い一緒にタクシーに乗ってサダムストリートまで行く。二人のうち一人は女性で1人でインドを回っているという。広島の笛仲間のKMさんもそうだが、女性でも一人でインドネパールを回っている女性には感心させられる。彼女も私と同じように下痢で悩まされ一時は腸が全部出てしまうのじゃないかと思うほど大変だったと話す。

カルカッタはニューデリーと違って人が都会に慣れている、言い換えればインターナショナルな街という感じがした。それは港がある海が近いからかもしれない。海外からも人が多く来るのでそれに合わせた街になっているのではと思った。ニューデリーは、内陸の街で特に海外の影響がそれほど感じられなかった。カルカッタは、旅人を開放的にさせる雰囲気があるのが良かった。

中心地のサダムストリートでホテルを何軒か見回ってパラゴンというホテルに宿泊することにする。落ち着いたところでネパールの首都カトマンズ行きの航空券を予約しに行くと明後日の金曜に飛行機が取れるという。値段はアメリカドルで96ドルだった。国と国の間が日本円で1万円ちょっとで行けるのは有難い。予約が終わってニューデリーのMさんへ久しぶりに電話する。電話は135ルピーでインドでは結構高い。色んな面でニューデリーよりも物価が高かったが全体的に質が高かったように感じられた。そして何より有難かったことは、しっかりした中華料理の食堂があったことだ。中国系の料理人が作るらしくチャーハン、焼きそば、ラーメンなど日本と変わらない味で久しぶりに日本の料理を食べたみたいだった。これでかなり元気がでてきた。

翌日S君らがリプトンホテルというところで美味しいステーキが食べられるという耳寄りな情報を持ってきた。ビールと一緒でも300ルピーという。日本円1000円程でビーフステーキとビールが頂けるなんて!それもホテルのレストランとなればちゃんとしたものだろう。そういえばこちらに来てタンドリーチキン以来しばらく肉をたべてない。他の皆も一緒で久しぶりに牛肉を食べてみたいということで皆で食べに行くことにする。しかし、これが後まで響くことになるのだった。

泊まったパラゴンホテルには他にも日本人の若者が数人泊っていてそのうちの一人はインドの伝統の打楽器タブラを習いに来ているということだった。インドの伝統音楽にも興味を持っていた私は同じ楽器をやっているものとしてタブラの練習方法を見てみたかった。そんなわけで、彼に稽古場へ連れて行ってくれと頼んでみた。快く了解した彼はバスで稽古場まで連れて行ってくれたがそのバスが大変だった。満員はもとより乗車の際にバスがしっかり止まってくれず徐行運転中に走りながら乗るのが慣例らしく慣れない私は慌ててしまった。

インド伝統楽器タブラ教室見学

着いた稽古場は狭い部屋であった。他に3人位の生徒がいて先生は気品があり親しみやすかった。そして有難くも私の笛を聴いて下さるということで少しアドバイスもして頂いた。そのアドバイスはインドの笛のようにこねくり回すような音の出し方、分かりやすく言うとコブラの蛇使いのような表現方法をしなさいとのことで直線的な音出しが多い日本の伝統的な音の表現方法とかなり違っているものであった。

インド伝統楽器タブラ教室

翌朝早く急にお腹が痛くなり目が覚めトイレに駆け込む。何かが当たったみたいだ。やはり昨日のステーキかなと思っていたら、同じ食事をしたS君とK君もきりきり腹が痛むという。そんな訳で安いステーキには落とし穴があったみたいだ。しかし今日は腹痛に気を取られてばかりもいられない。今日はネパール行きの飛行機に乗らなければならないのだ。午前9時位にホテルを出て空港までのタクシーを捜す。まず、料金の交渉からしないといけないのが面倒だ。

外に出て交渉した若い運転手と80ルピーで成立。約45分で空港に到着。例によって80ルピー払った後でやはり90ルピーと甘えてくるのであったがここは無視する。メーターを見ると50ルピーであった。10時40分からチェックインまでに少し時間があったので空港でお茶を飲んで待つ。飛行機に乗る際にも荷物検査の係員の男性がお金を恵んでもらえないかと言ってくる。外人を見ると誰にでもねだっているのだろうか。こちらも断る。さて席に着くと先に座っていた隣のビジネスマン風のインド人が私をビックリした目で見つめてくる。それも少しも目を逸らさない。多分日本人を見たのは初めてで珍しかったと思うがそれにしても人を凝視して相手に対して失礼と思わないんだろうかと人間性を疑う。飛行機の機内食はまあまあだったが、デザートに砂糖漬けのまんじゅうのようなお菓子が出て歯が浮きそうになる。こちらの人はこんな甘いものを食べて病気にならないのだろうかと訝る。