インド編 ニューデリー①

インド入国審査

いつも感じることだが入国審査というのは何も悪いことをしていないのに審査官に圧迫感を感じる。また愛想のよい審査官も少ないのでそう感じるのか?インドではその愛想のなさが一層強調されているように感じられてならない。

厳しい表情のインド入国審査員 お前はなぜインドに来たのだ?白状せい!

やっと入国審査が終わった。まず両替をしなければならない。五千円もあれば十分だと思い両替をすると更に円高が進んでいるようだ。五千円が今まで手にしたこともないような札束になって帰ってきたので慌ててしまった。この札束を目立たないように衣服のしたに保管しなければならないのでかなり手間取ってしまった。

インドについては知人からいろいろ情報を聞いていたが殆どがパックツアーで行った人からのネタだった。添乗員があれこれ面倒を見てくれるのでさほど心配は要らなかっただろう。私はガイドブックを読んで自分なりの判断をするしかなかった。それに今回は自分の仕事として自営業をできるようにするのが目的なので観光ツアーとは違う。そのためツアーで使うようなホテルでなくインド人やバックパッカーが使うような安いホテルで節約しなければならない。

私が行こうとしているのはメインバザールと言われる所で安宿は勿論、香辛料をはじめとする特産品、日常品、庶民食堂などが軒並み連なり本当にインドに触れるには最適の場所といえた。気をつけなければならないには。まず目指す宿に着くまでだ。ガイドブックには、ありとあらゆる方法で騙されてお金を巻き上げられた体験談が紹介されていた。それだけは避けたい。しかし、本で読んで分かったつもりでも、それは本で読んだ知識であって体験して身に着けたものではない。後ほどこのことを嫌と思うほど思い知らされる。

さて、飛行機に預けていた荷物をもらってロビーに出ると大勢のボロをまとったインド人がガラス越しにこちらを凝視している。その突き刺すような眼光がなんとも不気味で思わず目を背けたくなる。例のスイス人カップルも同じ安宿のメインバザールへ向かうということで一緒に行くことにしたのだがバスが出るまでロビーで待つことにした。なにしろまだ深夜の2時をやっと過ぎたばかりだ。そのロビーにインド人のおじちゃんらがバスの切符を売りに来たのだが、なんとなくいかがわしく思えて仕方がない。

しかし、メインバザールまではバスで行かなくてはならない。切符を買うとお釣りに破れたお札が混じっていた。これがそうか!ガイドブックによるとインドでは破れたお札は使えないらしく持っている人は何とかして、それを誰かに回そうとしているとある。それはさながらババ抜きのゲームのようだという。私が「この札は使えないので他のと変えてくれ」というと「大丈夫使える」と言い張ってくる。しかし、こちらも負けずに「変えてくれ」と再度言うとお前もしつこいなと言いたげな表情をして渋々変えてくれた。同じようにスイス人のカップルにも破れた札を渡しているので「破れた札は使えないので返した方がいいよ」と教えてあげる。おじちゃんは「問題ない。使える」と駄々っ子みたいな調子でごねていたが結局突き返されてババ抜きは失敗したみたいだった。しかし朝までまだまだ4時間ほどもありロビーの椅子では結局眠れなくて朝になる頃には頭がボーっとしてしまった。そして、この疲れがあんなに注意していた私の判断力を失わせてしまったのだった。

トイレに行くとまた予想しなかった事態に直面した。そうだ。ここはインドだ、トイレが今までと違うのだ。それは真ん中に穴が開いているだけで横に水を入れた缶があるだけだ。ガイドブックに書いてはあったが実際に目にすると尻込みさせられてしまった。長期滞在する身としては克服しなければならない第一関門だ。しかし、その時は情けないことになんだか急に便意がなくなってしまった。トイレから帰ると、スイス人の女性が待ち構えていたように尋ねてきた。「ベンチスタイルのトイレ使ったの?」

私は「まあね」とごまかした。

外を見ると朝日が出てきて黄金色に光る大木の周りを雀の大群が群れている。やっと待ちに待ったバスが来た。しかし、バスのそばに行くとあまりのおんぼろさに足がすくんでしまった。日本では想像のできないボロさで日本のスクラップ置き場にもこれだけの代物はないのではと思われた。外見もボロだったが中に入ると更にすごくて驚かされた。シートの皮は引っ剝がされ椅子も破損しているものが殆どだ。それにエンジンをふかしてないと止まると思っているのか運転手はブィーンブィーンと車がバラバラになりそうなほどアクセルをふかしまくっている。おかげで排気ガスが窓から入ってきて胸がむかついてくる。

インドのおんぼろバス

5,6組のバックパッカーとインド人を乗せたおんぼろバスは、夜明けの道路を猛烈な」勢いで走り始めた。日本みたいに山がなく平原がずっと続く様はテレビで見たアフリカの大地みたいだ。それは日本と全く異なる大陸の国にきたと思わせる。市内にちかくなったのだろう。バックパッカーたちが少しずつ降り始めた。そしていよいよ町が出てきて市内らしき所に来るとガイドみたいな瘦せた男がここがメインバザールというのでスイス人たちと降りた。

悪徳リクシャー

降りると同時にグアーという感じでけたたましく呼び込みをするインド人たちに囲まれた。それは獲物に飛びつくハイエナのようだ。彼らは一様にホテルまで案内するから三輪車みたいなタクシーに乗れという。それはひと昔日本でミゼットと呼ばれていたものに似ている小型三輪の後部に二人掛けの座席をつけたリクシャーと呼ばれるものだった。ホテルまで歩いていけないかと思ったが30キロ近い背負い荷物もあったしスイス人たちもリクシャーに乗るというので乗ることにした。スイス人たちの後を追ってくれというと「わかった。問題ない」とターバンを巻いた男が走り出すがすぐに「俺が交代しよう」と鷲鼻の運転手に交代した。

リクシャーイラスト
リクシャー写真

なんとなく納得のいかないものを感じながらリクシャーは走り出すが暫くするとスイス人たちを見失ったという。しかし、安心しろ、俺は地理に詳しいからあんたのホテルに連れて行くので心配するなという。再び走り出すがどんどん先ほどの場所から離れていく。まったくメインバザールとは違う地域に来たみたいだ。運転手は一生懸命捜している様子だがさっきの道を引き返したりして迷っているみたいだ。ついに諦めた様子であんたが行きたいホテルは見つからない。俺が良いホテルを知っているので紹介するがどうだろうという。

さっきまでは全く問題ないと言っていたのに、いい加減なやつだなと思って黙っていると「ここら辺はとても危ない地区だ」と変なアクセントでいう。「あんたは英語が話せるか?俺は得意だ」と鼻高々でいう。インドにもアメリカのスラムみたいに荒れている場所があるのだろうか?そんなことはガイドブックにも書かれてなかったなあと思っていると運転手はちょうどそばを歩いていた痩せた若い男に何か言った。いままでのなまりの強い英語をヒンディー語に変えて何か悪いことを私がその男に悪口か馬鹿にするようなことを言ったというかんじだった。すると突然その男が急に怒り出し私の近くにきて悔しそうに私の胸をポンポン叩き始めた。それは痛くないものであったが不快なものであった。

それはちょうど子供とふざけているような痛くない叩き方だったがこっちは驚いてしまった。その瘦せた男は悔しさを残したままの表情で行ってしまった。男が行ってしまうと鷲鼻の運転手は勝ち誇った顔で「なあ、わかったか。俺の言う通りだろう」と自慢げに言う。辺りを見回すとおんぼろ長屋みたいな住居があり女性がポンプで水を汲んでいたり白い牛が呑気にうろついている。ここが本当に危険なスラムだろうか?そうは行っても地理を全く知らないこちらにはわからない。そしてこのままでは埒が明かない。運転手に胡散臭いものを感じながらも押し問答してもこちらが不利だから仕方がない。そのホテルに行くように言った。すると、運転手はわが意を得たりというように瞳を輝かせ今度は迷いなく走り始めた。

悪徳ホテルへ

そして10分ほど走って連れていかれたホテルは、そう大きくないが周りの建物と比べると立派で綺麗だ。運転手が「なあ、いいホテルだろう」と自慢げに言う。中に入ると初老のマスターと中年のちょび髭を生やしたマネージャーみたいな男が鋭い目つきでこちらを見ている。表面上は、にこやかにしているが何か腹に一物あるような感じが伝わってくる。部屋代はいくらだと聞くと1500ルピーと言う。とっさに頭の中で計算する。日本円だと5,6千円だがインドではかなり高い。こっちの予算を超えている。「えー。それは高い。」と言うと「たかがUSドルで40ドルじゃないか」と鷲鼻の運転手が言う。「じゃあ、いくらならいいんだ?」と言うので100ルピーと返すと「お前、頭は大丈夫か?そんなに安いわけないだろ」と言う。

私はガイドブックを指さし「いや、ここに100ルピーのホテルが沢山載っている」と返す。そういう押し問答を10分位するとこいつはなかなかしつこいやつだなと思ったのか?マスターは「俺は忙しくてあんたにかまっている暇はないんだ」と何か書類に目を通し始めたが、チラチラこちらの反応を伺っている様子が見えるので下手な芝居をしているなあとしらける。そして運転手と白い服を着たマネージャーは、ドアの前に移動して絶対に帰すものかとこちらを監視している。こんな感じの押し問答を更に10分ほど続けただろうか。マスターが「じゃあ500ルピーならどうだ」と一気に三分の一に値引いてきた。マネージャーも部屋を見るだけ見てみろ」と言うのでいい加減押し問答に疲れた私は部屋を見てみることにした。マネージャーが案内した部屋は広く浴槽やベッドも大きくきれいで多分インドでは上級の部屋になるだろうと思われた。いい加減徹夜明けで疲れているし早くベッドで休みたい、1日だけならここにするかと諦める気持ちになった。

フロントに帰ると、マスターがどうだと聞いてくるので「いくらだ?」と尋ねると「500ルピーそれ以下にはならない。」と言う。「わかった、それにしよう」と言う。それで腹巻タイプの財布からお金を出そうとすると三人の視線がこちらに突き刺さるように感じられる。

しかし、これだけ押し問答やごり押しをしても、あからさまに強盗をやらない所はジプシーと違っている。その後インドで様々なことで押し売りをされる経験するがその最後の点だけは守られていた。鷲鼻の運転手は「なあ俺はあんたを危険なスラム街から助け出してやった。あんたもあの男に叩かれてよく分かったじゃないか。俺はお前の恩人なんだ。ここは良いホテルだ。こう見えても俺は信心深いんだ!」と言う。ただ口で言うだけでは信じてくれないと思ったのか、ときどき指をなめて額に持っていき何か神様の名前を唱えている。しかし、その素振りをこちらが見ているかどうか横目でチラチラ確認し相手を白けさせる所はホテルのマスターとよく似ている。インドの来る前にインド人は信心深くヒンズーの神を信じる国民性と思っていたが、私の予想とは大きく違っているようだ。

さて500ルピーを払うとあれだけしかめっ面をしていたマスターがお金を見た途端表情が一変した。まるで自分の孫の面倒を見ている好々爺のような柔和な顔になりニヤニヤ微笑んでいる。この急変ぶりにあきれるというより驚いてしまった。ようやくという感じでマネージャーに部屋に案内してもらうとさっきの部屋でなく幾分劣る感じなので抗議をするとあれは1500ルピーの部屋だとすました顔で言う。しかし、反論する気力も沸いてこない。多少のお金はいいから、早く休ませてもらいたい。

ホテルのマスター

部屋を案内したマネージャーは「何か飲むか」というので「じゃあ、(CHAI)お茶をくれ」と言うと白い服を着た感じの良いボーイに持ってこさせる。するとマネージャーは「1ドルくれ。」と言う。お茶代かチップか。多分インドではチップの習慣はないと思ったが。お茶かチップにしても1ドルはインドでは高い。そのときのレートで1ドルは42ルピーにあたる。庶民の感覚で1ルピーは100円位の感覚とガイドブックで読んだ記憶がある。それにこのマネージャーは信頼できる人間じゃない。「ノー!」と答えると「じゃあ、3ルピーでいいからくれ」と急に十分の一に下げて言ってくる。3ルピーならお茶代かもしれない。癪に障ったが、これがなかなかしつこく、いつまでも部屋に粘りそうだ。ここにいられても困るので3ルピーを渡す。しかし渡してもサンキューの一言もなくまあこれくらいで負けてやるかと言う尊大な態度で出ていくのでムッとする。後で思うにこのあたりが一番不愉快なインドでの経験であった。

ホテルのマネージャー

ふうー!やっと、ひとりになれた。風呂にでも入って寝るかと思っているとドアがノックされる。今度は一体何なんだ。誰だというと「レセプション(受付)」との返事。まだ何かあるのか?とドアを開けるとあの鷲鼻の運転手が怒った様子でもう一人の背の高い男といる。そしてサッとドアに足を踏み入れて「あんたを命からがらスラム街から助け出したのに俺はほんの50ルピーしかもらっていない。」と言ってものすごい剣幕だ。「あと150ルピー貰わないとここを死んでも出ていかない。そして、それ以上は要らない。俺は信心深いんだ」と先ほどと同じように指をなめて額に持っていき神様の名前を唱えるふりをする。そしてどこから連れてきたのか、後ろの男をさして「彼が証人になる」と言う。なんとも変な理屈を考え出す輩だ。

この剣幕じゃ、傷害事件にまで発展しそうだと思ったので諦めて150ルピーを渡そうとするが200ルピー札しか見当たらない。それで200ルピー札を渡してお釣りをもらおうとするが先ほどまでの信心深いヒンズー教徒の様相は立ち消え餌を取られそうな高崎山の猿のように歯を剝き出し手を振り上げ威嚇の唸り声をギャーギャー上げながら行ってしまった。まさに神の子から道理の通じない猿への変身だった。

神の子から猿へ変身!

すると後ろの男が「自分がいたからこそ犯罪も起こらず公正な取引ができたのだ。その行為は100ルピーに値する」と言ってドアに足を入れてこれも動こうとしない。そして「自分はお金がなくマフラーも買えず寒くてたまらない」とジェスチャーを交えながら言う。寒いと言っても朝晩だけで我慢できるだろうと言いたかったがこの相手も動きそうにない。しかし、こっちが「えーッ!また払うのか。さっき払ったじゃないか。」と思わず日本語で不満の声を上げると「じゃあ50ルピーでいい」と急に弱気になった。しかしこれもいつまでも立ち去りそうにないので50ルピーを渡すとおとなしく去っていった。