インド編 ニューデリー④

ヘロイン騒動

こういうふうに2週間ほどメインバザールで生活しながらMさんにインドの輸入販売の指南を受ける日々を送っていたところ、Mさんがしばらく急ぐ仕事がないということを聞いてここ以外の地域を回ってみようと思った。まず、思い浮かんだのはインドの聖地ベナレスだった。ガンジス河と言えば友人のUさんから三途の川はここのことだと聞いてどうしても行きたかった場所だ。そういうことでベナレスにはニューデリーから夜行の汽車で行くと聞いてニューデリー駅に切符を買いに行くことにする。ホテルから歩いて10分もすると道の向こうに駅があった。しかし信号も横断歩道もなく車が歩行者そっちのけでビュンビュン走っていて止まってくれそうにない。インド人たちはぶつかりそうになりながらも擦り切れで渡っている。一件を案じたわたしは他のインド人にぴったりくっついて何とか渡り切ったのであった。

メインバザールの石鹼屋  多分洗濯用と思われる

冷や汗をかいて渡って駅構内に行くと沢山のインド人でごった返しになっていた。するとさっそく私をカモと思ったのか若い男性が「切符が欲しいのか?」と言ってきた。無視していると、その若者はもう一人の相棒にこっちにカモがいるぞと目配せしているのがわかった。私がそれを見ていることに気づいた若者はバレたか!というふうに大笑いして逃げて行った。駅の2階が外国人専用の予約カウンターになっていたので問い合わせると4日後しか空いてないということだったので予約する。その時に日本から着いたばかりだという学生二人主婦二人というグループと知り合いになった。彼らはインドを10日ほどかけて回る旅らしい。それで切符の申込書を教えているうちに要らなくなった用紙、これには名前やパスポート番号を記入することになっている。その用紙を学生の一人k君に見本として、こういうふうに書くんだよと渡した。後にことがきっかけである事件に巻き込まれることになるのだった。

彼らはまだ宿も決まってなかったので私の宿を紹介する。宿に帰ってこれまでのことを話したり夕食を取ったりしていたがK君がなかなか帰ってこず、もうひとりのS君と「K君遅いねえ。どこ行ったんだろう」と話していると夜の10時頃、ホテルに私宛の電話がかかってきた。夜勤のマネージャーが言うには私と同姓同名、パスポート番号まで同じ人間が警察で酔いつぶれているという。どうやらK君が前後不覚に酔いつぶれて警察も何の手がかりもないので荷物を調べているうちに私が見本にと渡した切符の申込書に書かれているホテルの名前と私の名前から電話してきたみたいだった。

それからが大変だった。リクシャーで迎えに来いということになり、それを伝えに来たホテルの従業員が知り合いのリクシャーを紹介するということになったがそのリクシャーの運転手がこちらの弱みに付け込んで夜間料金などが過料になるとか言って高い料金を提示してくるのだった。しかし、この緊急事態では仕方ないとその提案を飲んでS君とリクシャーで30分位の警察署に行く。そこで前後不覚になっているK君を見るが、揺り起こしても起きる気配は全くなく、病院に連れていくことになったのだった。

彼を警察署まで運んだというリクシャーの運転手によるとK君は乗ってしばらくすると気を失ったという。リクシャーの運転手は怖くなって警察署に行ったらしい。それでそのリクシャーにも請求された料金を払うがそれも不当に高いと思われる金額であった。さて緊急病院へ連れて行くと医者は、K君はどうやらヘロインを飲まされたようだという。「えーっ」と驚いていると医者が昏睡状態のK君をこれからS君と看護をしてくれと言われた。なぜなら病院のスタッフが全然足りないので彼の身の回りの世話やベッド回りの掃除などをやってほしいらしい。

そしてここまで送ってくれたリクシャーの料金だったが、不当に高い料金を提示しようと運転手は考えていたが、運転手を紹介してくれたホテルの従業員があまり阿漕なことはするなと助け船を出してくれた。それでも350ルピーとリクシャーとしてはかなり高い金額だった。ここは一旦建て替えて、後にK君に事情を話して清算してもらうことにした。しかし日本円にすると1200円位なのでこの緊急事態ということで彼も納得するだろう。病院の支払いは海外旅行保険書を彼が持っているということで無料なのが救いだった。それで結局目覚めない彼を朝8時位まで看病してホテルにK君と帰ったのであった。

当日はこの学生や主婦たちとタージマハルへのミニツァーを申し込んでいて手付金200ルピーも支払っていたが、この状況でお預けとなってしまった。勿論お金は戻ってこなかった。一緒に行くことになっていた主婦二人組はどうして集合場所に来ないんだろうと思っていたらしい。事情を話すとそんなことが身近であったのかと驚いていた。

後にK君に意識が戻って話を聞くと、どうやら道を歩いていたらインドの大学生という若者から声をかけられ喫茶店でお茶を飲んで交流を深めたまでは良かったが、それからホテルに帰ろうとリクシャーに乗っているうちに意識を失くしたらしい。K君もインドに来て大学生と友人になれると喜んだのだが罠があったということみたいだ。とにかくいきなり観光客に声をかけてくるのは怪しいと見た方がいいかもしれないと思った。しかし、不幸中の幸いとでもいうか意識を失くしただけでパスポートやお金は取られてなかったのが幸いであった。どうやら薬物をジュースに入れたものを飲ました輩もK君があまりにも深く意識を失くしたので恐ろしくなって、とんずらしたのではということであった。

彼は数日して意識を取り戻し、なんと我々が予定していたガンジス行きに間に合うように走って汽車に乗ってきたのだった。それも数日深く眠ったせいか元気百倍であった。さて元気になったK君も含めて計五人で予定通りガンジスに行くことになった。私の大きな荷物はホテルが預かってくれることになった。夜行ということで夕方4時位に発車したコンパートメントの汽車で5時位に係りの男性が夕食の注文を聞きに来た。汽車はとてもゆっくりガンジスへ向かった。次の一波乱前の静けさのように。